【伝説の日本人】1兆円プレイヤー本間宗久の人生

皆さんこんにちは、雷(らい)です。

歴史に残る天才トレーダーたちの人生をご紹介していこうと思います。

 

早速ですが皆さんは、

本間宗久という人物を知っていますか?

 

本間宗久はあのローソク足の考案者で、

相場の大神様とまで呼ばれている人物なんです!

 

当記事では、相場の大神様と呼ばれる

本間宗久がどのような人生を歩んでいるのか

ストーリー形式で紹介していきます。

  • どのような環境で育ったのか
  • どのような人生を送ったのか
  • ローソク足を考案した経緯

上記について分かりやすく紹介しますので、

投資家を目指している方は、

ぜひチェックしてみてくださいね!

 

本間宗久の誕生

本間宗久は1724年、

現在の山形県酒田市「出羽庄内」で生まれました。

 

酒田の富豪である「新潟屋」のもとに生まれた彼は、

16歳のときに徳川吉宗の江戸に赴き

様々な知恵を付けたと言われています。

 

その経験を基に米相場での

投機を父親に提案しますが、

「商いの正道ではない」と受け入れられませんでした。

 

父親には断られてしまったものの、

本間宗久の目の付け所はとても

優秀であることが分かりますね!

やはり、投資にはセンスも

大切であるということでしょうか。

 

米相場に向き合う本間宗久

新潟屋の第2代当主である光久は、

投機の才能のあった本間宗久に

お店の財政を任せることにしました。

 

これが本格的に米相場に

向き合うきっかけになったわけですね。

そして3年後、

店の資金を元手にして財産を増やすことに成功します。

これで本間宗久の立場は

揺るぎないものになる…と、

思われましたが修行から帰ってきた

光丘は彼を追放してしまいます。

 

どうやら、光丘は

「相場は長い間家を保つための道ではない」という主張だったようです。

せっかく増やした財産なのに勿体ないですね…

 

破産する本間宗久

光丘に追放された本間宗久は、

江戸で米相場の投機を始めます。

しかし、結果は大失敗に終わり破産。

失意の中で彼が向かった先は、

お寺の和尚のところでした。

本間宗久は和尚から「風幡の教え」を聞かされ、

相場に開眼したと言われています。

 

大成功を収めている投資家には、

大失敗を経験している人が多いですよね。

本間宗久もその1人であるということでしょう!

 

その後、本間宗久の人生はどうなっていくのか?

詳細は下記動画で詳しく解説していますので、

続きが気になる方はぜひご覧ください!

 

動画で見ることでより本間宗久の人生を

理解することができるはずです。

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